ぼっくの好きなおっじさーん!

本当に久しぶりの投稿になってしまいました。

さて僕の顔をご存知の方は分かると思いますが、僕は基本的に髭を生やしております。
これは18歳の時からです。
実は18歳のときはさらに丸刈りでした。
4年以上は丸刈りに髭でしたね。

それから結べるくらいのロングになったりもありますが、髭だけは何かない限り生えております。

実はこれは大好きなおじさんのスタイルからきております。

小さいころから家族ぐるみで仲が良いおじさんで、料理人でした。
料理だけでなく、もともと美術をされてたからもあるのでしょう、お店の器も自分で焼いておりました。

お店の名前は千石焼きといい、いろんな種類の料理があり、どれもこれも本当に絶品でした。
未だにこの千石を超えるお店には出会ったことがありませんし、それを受け継いだ息子さんのお店は世界的に活躍しているBassのKenneth Dahl Knudsenを連れていった際、「僕が人生で食べたものの中で一番おいしい」と感激してました。

この千石のおいちゃんが、丸刈りに髭でした。
しかしその見た目以上に『何かの凄み』が吹き出まくってる方で、そのなんというのでしょう、芸術家オーラというかワルのカッコよさというのかに漠然とスゲー!と思っていました。
皆さんにどうすれば伝わるか分かりませんが、「最悪じゃのう、がっはっは!」というフレーズが世界一似合う超豪快な人でした。

しかし、この見た目とは裏腹にかなりの勉強家で、僕の知っている範囲でも料理はもちろん芸術や歴史など色々なことを探求されてたようです。
この裏付けと感覚の鋭さをもって生み出されたものが素晴らしい料理だったり、器でした。
皆さんが想像するなら、むっちゃ見た目も怖いけどユーモアある海原雄山、もしくはそのモデルである北大路魯山人のおもしろいけど超不良ですかね。

でも僕は雄山や魯山人の下手すると嫌味っぽく見えちゃう「いかにも感」でなく、おいちゃんの豪快と繊細の共存が大好きでした。
このおいちゃんに似合わなさすぎる言葉でいうと僕の元祖「ギャップ萌え」ですね。

このおいちゃんの表面から想像できなかったことに気づいてきたころにおいちゃんの家で見つけた孫子が僕の読書の始まりで、孔子・老子など諸子百家に続き広がる、それまで全く本に縁のなかった僕の、読書の道が開かれます。

このように多大な影響をくれたおいちゃんは一切の遠慮なく本質を突くので。下手なものを持っていくとコテンパテンにされますし、そうでなくても「お前は何をやっちょんのか、半人前」と言われ「くそーーー!」いつか認めさせると思っておりました。
でも僕の帰国後、少しずつ大分にも演奏に行けるようになったとき、半人前と言われつつもおいちゃんご夫婦は大分でのライブに毎回花を送ってくれました。

そしてこの前の2月、母の70歳のお祝いに来てくれたおいちゃんが初めて僕に「お前のこれからに興味がある」と話してくれました。
本当にうれしかったし、「よし見とけよ、まだまだこれからだ」と思いました。
でも昔からずっと見ててくれましたよね。

おいちゃんは僕がポーランドの新聞に載った最新のFacebookの記事を見てくれたのでしょう、それにいいねをしてくれたのを最後にもう今日から直接報告はできなくなってしまいました。

まだ0,7人前くらいの僕は、初めてバイトした千石で教えてもらったコロッケを得意料理として、そこで習った元気に大きな声でのあいさつをしながら、おいちゃんの一人前を目指してがんばっていきたいと思います。

おいちゃん、ありがとうございました。

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