ジャズ研、入部!

プロフィールに書いておりますが、僕がドラムを始めたのは千葉大学に入学してからです。
でも実は正確には中学生のころにドラム(バンド)を始めたいと思い、高校卒業するまでに少しはスティックに触ったりしていました。
といってもその程度で全然練習なんてしてなかったですし、本格的に始めたのは大学からなので、大学からドラムを始めたと思っております。

さて、前にも書きましたが、中学から何を聴いていたかといいますとTOTOです。
ジェフ・ポーカロ大好き少年でした。
あとは、QueenだったりExtreamだったりとロック系?でした。
ジャズはジェフ・ポーカロもやってると聞き、その流れでラリー・カールトンなどを聴いてました。

ここで気づく人もいると思いますが、いわゆるフュージョンと呼ばれるものをジャズと思っていたのです!
インターネットもなかった時代の大分の片田舎のガキには、そげん(そんな)偏った情報しか手に入りません。
モントルージャズフェスが衛星テレビでやってたので、録画して見まくってましたが、Deep Purpleも出ますから、テレビに映るのはスウィング系の演奏はほとんどなかったし、スウィングなんてものは知らなかったので全く気づきませんでした。

そんな田舎の少年は、ドラムをやりたい!と大都会”千葉”に来て偉そうに「俺のやりたい音楽は、よさげな人のいるポップスのサークルに入ってやって、技術はジャズが高いらしいから、ジャズのサークルで技術を学ぼう。でも、そもそもサークルってなんじゃい?」と思っておりました。
ですので、大学の初っ端にあるサークルの日(いろんなサークルが実演などしながら紹介する日)に行って、ポップスのうまいドラマーがいたサークルとジャズサークルに入ると決めました。

そして、説明会は一週間後なのに、もう次の日にジャズ研に顔を出そう、練習しようと訪ねました。

ちなみにこのアホバカ少年はサークルの日に外でやっていたジャズ研の演奏を観たのですが、「あ、ドラムうまいんじゃないの、、、よくわからんけど。でもあのでっかいやつ(コントラバス)、だせぇなぁ(見た目)」と、思ってました。
都会に放り込まれ、人見知りもあり、田舎でお山の大将気分だったハナタレは、「なめられちゃいけねぇ」という気負いがあり、こう思っていました。

さあ、自分は何もできないくせに「うまくなるためじゃあ」と応援団で培ったつっぱった気持ちで、ジャズ研のドアを叩きました。
そしたら、そこにはジャズ研のエースの人たちがセッションをしていたのです!

千葉大のジャズ研は6畳くらいの狭い部室でした。
でもそこにいた先輩方は、とても快く迎えてくださり、「見学して行きなよ」と声をかけてくれました。
そこで演奏してくれたオレオという曲が衝撃でした!

オレオという曲は、テンポを速く演奏することが多く、その時もアップで演奏しており、すごい演奏でした!
サークルの日は、心を閉ざしていましたし、遠くから眺めるだけでした。
でもここは6畳、覚悟もして来た!
否応なしにいろいろ気づきます。
「なんだ、右手三連打してるぅ!」「左手、何やってんの?細かくて全然わかんねーー!」「何?あのでっかいの(コントラバス)の音の迫力!見た目もかっけーやーん!」「ピアノってお上品なもんじゃないの?そんなの知らねー!」
ですよ!
ドラムソロも途中でするし、なんてかっこいいんだ!とノックアウト。
圧巻だったのは、ラストテーマでピアノとベースとドラムがメロディをユニゾン(一緒に合わせて弾く)。
「ドラムってリズムを刻むだけじゃないの?こん人たち、なんなの?ジャズってなんなのーーんっ?」
です。

それから、ジャズにドはまり!
調子ぶっこいていた井の中の蛙は、従順な生徒へ。
いろいろ教えてもらい、僕が今まで聴いていたのはフュージョンで、いわゆるジャズとはちょっと違うことを知りました。
圧倒されまくりでしたし、左足は普段使わないと思いこんでたので、気づかなかった2拍4拍でハットを踏んでることを教えてもらった時には、たまげて目が飛び出まくりでした。

それから、先輩に貸していただいたオスカー・ピーターソンとジョシュア・レッドマンの2枚を3か月以上それのみずっと聴くという日々が始まり、ジャズの世界への一歩を踏んだのでした。

ちなみにこのように衝撃をうけまくった小僧は、ポップスのサークルには行かず(これはもう一つ理由があるのですが、次回)、一週間後の説明会までの間、入ったばかりの一年なのに同じ一年に勧誘のチラシを配る手伝いをする、というよく分からないことをすでにしてました。

余談ですが、説明会でもらった入部届の名前の記入欄にフリガナを書くところがありました。
フリガナってカタカナで書いてるから、カタカナで自分の名前を書くんだぜ!と僕は自信をもって書きました。
そしたら僕の「つ」は「し」、「し」は「つ」に見えるそうです。
ですので「シボイ ヒロツ」。
その日から僕の名前は「しぼい」になりました。

小学生のころ母親に「上から降ろすのがツ、下からあげるのがシ」って、ちゃんと習った記憶が鮮明にあるのに、、、そこより点々を縦棒で書くか、横棒かのほうが重要なのね、、、、
知らんかったっす。

ですので、僕のジャズ研時代の同級生以上は、「シボイ」って呼びます。

次回はジャズ研で培った音楽を題材に書きたいと思います。

広告