ビュティホ・ネイッ!ビュティホ・ネイ!

「僕は坪井洋!お父さんが太平洋のようにってつけてくれたんです!」

これがあたしの幼稚園のころの決まり文句でした。
僕はこれを知った時から、何か分からないけど誇らしく、よく言っておりました。
なんか自慢げにいろんな人に言っていたのを思い出します。
もちろん最近では響き優先の名前も増えているようですが、日本では名前に意味を込めてつけることが多いと思います。

さて、海外に行くとちょっと苦労することが多いのが、名前を覚えることです。
やはり横文字は覚えにくい、なじみがないですから。
まだスティーブやマックスなどは覚えやすいですが、パターンが少ないので、どのスティーブってこともしばしば。
名前を覚えるのには苦労しました。

僕が海外にいて強く感じたことは、いろんな国の人が日本に比べとても多いこと。
ですので、いろんな国の方と出会いました。
みなさん、ステキな名前を持っており、たかが何文字かなのに国によって全然違い、とてもステキな響きを持っておりました。

例えば、カナダでの大家さんの名前はイースターさん。
白髪のきれいな年配の女性の方。
「なんでこの名前か知らないわ。その日に生まれたわけでもないし。でも覚えやすいでしょ!」
と、くるんくるんな目をさらにクルクルさせながら、ステキな笑顔で説明してくださいました。
明るい性格にとってもあったステキな名前だと思いました。

アントン。
なんかぽっちゃりの男の子を想像してしまいますが、はち切れんばかりの鳩胸の超マッチョの男性。
でもとっても無口で照れ屋。
そこがアントンという名前で、かわいく感じました。

スウェーデンにいたころは、学生寮にいたのもありゆっくり話せる友達もいたので、名前の話題になったことがあります。
そこで、スウェーデンの名前事情を聞きました。

まず名字の「~ソン」というのは、誰々の子どもという意味だそうです。
グスタフソンなら、グスタフさんの子ども。
スベンソンは、スベンさんの子どもといった具合です。
だから、ラーシュ・ヤンソンは、ヤンさんの子どものラーシュ君ということですね。
名字はそうやって、できていったようです。

名前はどうやって付けるの?と聞いたら、響きでつけるかな、でした。
意味はあんまり考えないことが多いかなと。
でも何かの神様の名前だったりするので、一緒に話していたレベッカとヤンマルに何かあるのと聞きました。

レベッカは20歳の、引っ込み思案だけど少しわがままな女性。
「神様の一種で、たしか牝牛だったわ」
牝牛!
かわいい女の子に牛の名前をつけちゃうとは、、、
本当か本人もあやふやでしたが、それに気づき、彼女も笑っていました。

続いてヤンマルは、22歳の男性。
男らしく、ちょっとダンディな感じの優しいやつでした。
「俺は、ヘルメットって意味らしいよ」
ヘルメット!
ザッツ・バイキーングー!
日本からすると「何があっても頭を守ってね」でしょうか?

みんなで、爆笑しました。

またこんな出会いもありました。
ベルリンにいたとき、僕のルームメイトに途中から、超オシャレでかっこいいイタリア人の建築家がやってきました。
なんと彼は貴族の家系。
おばあちゃんまでが貴族で、ウィキペディアにも出るほど有名な名家だそうです。
彼のうちは、女性が当主のようで、女性が継いでいってるようです。
なんと女性は名前も次ぐそうです。
前の代の方の名前を残しさらに名前を付けるそうです。
ようするにお母さんの名前が、山田・花子なら、その娘は山田花子・利香になるんですね。

ですのでお母さんは、むちゃくちゃ名前が長かったそうです。
結婚して、名前が一気に短くなりとってもうれしかったようです。
書類にフルネームを書くのが、相当大変だったと。

そして彼については名前のとてもステキなエピソードが。

ちなみにカナダ時代に多かったのですが、韓国の方や台湾の方は好きな愛称を自由に自分でつけてました。
「ジョイ」「マイク」「ユイ」など。
理由は、本名だと呼びにくく覚えにくいからと。
中には、君はどう見ても違うでしょ、という女の子が「エンジェル」と名付けていて、どぎまぎしたことがあります。

確かに最初に申したように異国の名前は覚えにくいというか、発音しにくいというか苦労します。
でも僕はまるっきり変えるのは少し反対で、「ヒロ」と呼んでくれと言っておりました。

ですので、同じようにイタリアの彼に「ヒロです」と言いました。
そしたら彼が、「フルネームは何というの?」と。
ですので答えたら「ヒロシ!とっても日本的なステキな響きだ!ヒロシって呼んでいいかい?」
なんか、とってもうれしかったです。
確かに少し発音しにくそうで、少し練習してましたが、僕のことをずっと「ヒロシ」と呼んでくれました。

僕が海外の人の名前にとてもステキな響きを感じるのと同じように彼も感じてるんですね。
うれしかったなあ。

僕の世代ごろから、国際化という言葉がはやり、ヨーロッパ圏の名前のような響きをつけたほうがいい、という意見もありますが、そんなことは全然考える必要はないようです。
むしろ日本的な響きのほうが、少し神秘的に感じたり好印象に傾くことが多いのではと思います。
確かに少し覚えにくいなどはありますが、そんなことより大切にするものがあるような気がします。

さあ、歌いましょう!
Every child has a beatiful name,a beautiful name,a beautiful name!
よびかっけよう、なま~えを、すばらしい、なま~えを!

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おす!おら、応援団

僕はよく返事に「おす!」というのを使います。
何故かと申しますと、中高一貫男子高時代に応援団に入っていて、その時のくせが染みついてしまっちゃっているのです。

別に応援団といっても、うちの学校は部活がむちゃくちゃ弱く応援しに行くような舞台はないですいし、体育祭で披露するだけのものでした。
ただ、普通の体育祭のためだけの応援団とは少し違い、つながりが異常に強く、団員であることの誇りがとても高かったです。

中学3年生から入れるようになるのですが、3年の団員徴集のときはその学年の調子にのってるやつ、活きのよさそうなやつが8人、半強制的に選ばれます。
ですので、先輩方も怖かっこいい方々ばかりで、不良ぶってるガキはすぐに憧れてしまうのですね。
選ばれた瞬間は、人前でそんなの嫌だな、と思うのですが、僕もすぐに団員として誇りを持つようになっておりました。

そして、最初にならうのが返事の仕方です。

おす!!

応援団の活動中は、返事は「おす!」
「はい」や「いいえ」は関係ありません。
とにかく「おす!」

団長「お前ら、声が出てねえやねえか!」
団員一同「おーっす!」

団長「お前ら、やる気ねーんか!」
団員一同「おーっす!」

言葉の内容でなく、声の大きさで表すという斬新な表現方法でした。
ですので、

先輩「お前、援団をなめてんのか!」
坪井「おーすっ!」(そんなことありません!)
先輩「あ、なめてんのね。ボコられたいってことね」
坪井「おーーーすっ!」(お許しください!)
蹴られまくったあと
坪井「おーーすっ!」(申し訳ございませんでした!)

と、一つの言葉に、いろいろな思いを込める表現法を学びます。
もちろん、どう受け取るかは相手次第という、表現と相手の関係性も学べます。

このように援団にはまりまくった自分たちは、美的感覚も気合と根性が中心になります。
例えば、先輩に
「援団の声は、まず喉から血を吐いてからじゃあ」
と言われると、仲間たちの中で
「俺、口の中が血の味がするぜ」
というワード(さりげなく言う)がはやり、唾を吐いて血が混ざってるのを見せ「やるじゃねえか」と、納得しあうという奇行が当たり前になります。

一番下っ端の時代は、とにかく粋がるだけでした。
しかし、後輩ができてくると少し変わってきます。
あのかっこよかった先輩のようになりたい!という意識が芽生えてきます。

僕がかっこいいと思った先輩は、周りのちゃんといいところ、がんばってるところを認めてくれる先輩でした。
そして、だめなところはしっかり教えてくれる人でした。
その人たちは、演武もかっこいいし、言ってること見ているとこも、とても的確でした。

なんでだろうと、思いました。

しかし、答えは簡単だったんです。
その人たちは、自分が目指すかっこいいに向かって努力しまくり、また下っ端の時に僕と同じようにそういう先輩方に同じように教えてもらってるんです。
中3の下っ端時代は、ただひたすらやってきましたが、後輩ができるとよく分かりました。

精神的にも肉体的にも限界ギリギリに追い込まれ、そこで出てくる自分の弱さ。
でも援団が好きで、粋がり、がんばるやつらは、とてもかわいかったです。

たぶんこの応援団での3年間が僕の音楽をやっていく姿勢にとても強く関わってると思います。
音楽の世界には目指したくなるかっこいい先輩(知ってる限り90歳以上で先を見続けてる方がいます)がいっぱいいるし、ガツガツくる音楽大好きで必死な後輩がたくさんいますもんね。

あたし、負けない。
かっこよくあり続けるぞ!

そして、今日もどこかで気合を入れて、おす!と返事をしているのでしょう。