ベルリンでの自主練

今回は早い更新であります!

さて、スウェーデンでもだったのですが、ベルリンでは日本のいわゆる貸スタジオみたいなのはあまりありませんでした。
どうしているかというと、基本的にみんな家で練習できたり、スタジオに使える部屋を何人かで共有して借りてたりします。
そういう物件がまあまああるので、貸しスタジオをわざわざ毎回借りてなんてしないんですね。

例えば月500ユーロの練習部屋を4人とかで借りてて、曜日や時間帯で分けて使います。
ここで、個人練習はもちろんバンドのリハなども行います。
ですので、この部屋を持っているやつ(特にドラマー)は仕事が有利になります。
だって、そいつを雇えばリハ場所も同時に確保できますし、自分がいろんなミュージシャンを呼んで交友をどんどん広げていけますから。
全員、こういう練習場所を持っているわけでないし、ドラムは置いてないことが多いので、ここも雇いのポイントになります。
僕はドラムセットもリハスタも確保できてなかったので、実際このせいでいくつかのバンドを逃しました。

さて、僕は自主練習をどうしていたかというと、まずベルリンに着いて練習パッド的なものを買いに行きました。
予想以上に高かったですね。
帰国したら自分のも持ってるし、わざわざ買うのもなぁ、と思ってたところ、ひらめきました!

別にパッドじゃなくていいじゃん!

そこで、スネアスタンドは日本にあるのはだいぶ傷んでるから、買っちゃおう。
そしてそこに板のようなものを載せて、ゴムのようなものをひけば十分じゃん!

とういうことで、さすがベルリン、大きな画材屋さんみたいなところに行ったら、いろんな板やゴム的なものが多々あります。
しかも超安い!
結局スネアスタンドとブラシの練習もできそうな滑らかな板、スティック用のための消音ゴムを買って練習道具は揃いました。

さて、あとは場所です。

僕は最初ギャラリーの一角にある四人部屋に住んでいました。
そこの敷地には大きな駐車場があったので、その角っこに行きました。
煉瓦造りの花壇が出っ張っていて、シンバルやハットの高さになります。
バッチリです!
そこで毎日練習が始まりました。

通る人は僕をよくちらちら見たりしましたが、むしろ好意的でした。
住んでる方やギャラリーの方にうるさくないかとよく質問しましたが、みんな「全然!そんなこと気にしなくていいよ」と、やさしく声をかけてくれました。

僕は毎日、そこで練習して、ジャムセッションに行って闘うという日々が続いておりましたが、12月くらいになってくるとだいぶ寒くなってきました。
そうしたら、そのギャラリーのオーナーが話しかけてくれました。

「ヒロ、とってもがんばってるね!でも寒くないかい?ちょっとついてらっしゃい。」

そこは、僕が住んでるとこの裏のビルで、絵描きの方の共有スタジオが何部屋か入ってるところでした。
そこにあるキッチンに連れてってくれ、

「ここならみんなの邪魔にならないから、練習をしていいよ。帰るときに暖房の消し忘れだけはしないようにね。」

と言って、そこでの練習を許可してくださいました!
しかもこの階に入る鍵も新たにくれました。
もう涙がちょちょぎれそうになり、うれしくて何度も何度もお礼を言いました。

それから、迷惑にならないよう気をつけながら、そこで練習したので、画家の子たちとも仲良くなり、いろんな意見交換もしました。
海外から来てる人も多かったので、いろんな話を聞けてよかったです。

ところで、その韓国系のオーナーの方は、毎月注目株の展覧会をそこで行います。
彼女は50・60代ですが展覧会では胸がガバっと開いた皮のドレスを着たりと超かっこいい破天荒そうな女性でした。
ですので、見た目はけっこう怖そうなのですが、ただものごとをはっきり言うだけで、優しい方でした。

本当に寂しくつらいこともたくさんあった海外生活は、彼女のようなステキで優しいたくさんの方々のおかげで乗り越えられました。
本当に感謝しております。

ご趣味は、、、

書くことをいろいろすっごい迷ってしまい、書いては消して話題を変え、を何回か繰り返したので、とりあえずスッと書けることを書くことにします。

僕の趣味は、読み物全般であります。
漫画はもちろん、小説など様々です。
その中の一つに児童文学があります。

出会いは学生時代でした。
4年生くらいのころ、国語教育の授業で、新しく本を一冊読んで、それを紹介するチラシをつくりなさいと言われました。
何にしようかなと図書館に行って、いろいろ見ましたがピンとこず、試しに絵本を手に取ってみました。
そこで、たまたま手に取ったのが「The giving tree(邦題:大きな木)」でした。

当時の英語力で読める程度の文でしたが、とても詩的で読む人・境遇によって変化する内容の素晴らしいものでした。
絵はとてもシンプルで、それがまた文と合っており、1ページ1ページが、文字の配置なども含めて素晴らしい作品にも感じられました。

内容は割愛しますが、これをきっかけにShel Silversteinさんの作品を集め、Leo Lionni(スイミーをご存知の方も多いはず)などに飛び、絵本だけでなく、MOMOやThe lord of the ringsなどいわゆる児童文学と呼ばれるもの全般に飛んでいきます。
もちろん日本のものでも好きなものもあり、昔話系はもちろん冒険者や守り人シリーズなど、時代・国籍を問わず大好きです。

特に一冊をあげるとすると、ゲド戦記は何度も読みました。
でも1から3までです。
4はショックを受け、途中でやめ、5は読んでません。
後で調べたら、3と4の間には大きな開きがあり、やはり別ものでした。
お願いだから、ゲドを使って書かないでほしかった、、、

まあ、それはさておき、出会いとは本当におもしろいですね。
僕は後日、The giving treeの日本語訳のほうを探して、読んでみました。
しかし、絵と文字の一体感はそれでは感じられず、原本の感動を持っていた僕にはとても味気なく見えてしまいました。
悲しかったのは、文だけでなく、絵の中の文字(木に刻まれた文字)までが、普通のフォントで訳されてました。
原文で木の代名詞がSheになっていたので、どう訳すだろうと見たかっただけなのに、、、

たぶん僕は日本語訳のほうを手に取っていたら、児童文学との出会いは遅れていたでしょう。
訳すというのは、とても大変な作業というのは重々承知ですので、それに文句があるわけではないです。
ただ、作品というものはちょっとしたようなことでも、それの持つ輝きや凄さを失うことが多々あるんだと知った大きな出会いでした。
絵本というものは、絵と文字も含めて一つの作品にしてるんだと感心した次第であります。

The giving treeが感動で、僕にいわゆる児童文学というものの目を開かせてくれたように、音楽で新たな楽しみを開かせれるよう精進していきたいものです!

*後日の書き足し
村上春樹盤で新しく、原本に近いような訳で再発刊、絵の中の書体も変更されてるそうです。

しかし、いけません。
僕が手に取った大きな理由は、裏表紙です。
作者の写真がとてもインパクトがありました、いったいこんな顔の人がどんな絵本を書くんだろうと。
僕も当時、丸刈りで髭、たぶん見た目は怖かったかもしれません。

読む前と読んだ後で、作者の顔がどう見えるか。
読む前に作者の顔を見て、どう想像したか。
読んだ後、作者の顔を見ながら、どう思うか。

それを読み手に試してくれます。
そんな意図があったかは知りませんが、それだけで「泣いた赤鬼」の話のようなを体験できます。
(他の作品を知ってる僕には、シェルおじさんは意図的にのせてるでしょう、と思います)

僕は見た目をよくいろいろと利用します。
その話はいつか書きたいな。

ぜひまだ読んでない方は、作者の顔を先に見ることをお勧めいたします。